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八戸えんぶり開幕迫る 大正期の豊年祭30周年記念の杯、10年の空白の謎

中居林えんぶり組に現存する105年前の杯

中居林えんぶり組に現存する105年前の杯

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 青森県を代表する冬の祭り「八戸えんぶり」が2月17日に開幕する。

杯の裏面に「豊年祭三十年記念」「大正十年二月十七日」などの文字が入っている

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 旧八戸藩領を中心に伝承される郷土芸能「えんぶり」。最大行事の「八戸えんぶり」は例年2月17日~20日に開かれ、25~30万人でにぎわう。八戸市、おいらせ町、南部町、階上町などから約30組の「えんぶり組」が参加。稲作を表現した舞や「大黒舞」「恵比寿舞」などの祝福芸でその年の豊作を祈願し、メインエリアの八戸市中心街にはにぎやかなおはやしや歓声があふれる。

 えんぶりの中心地の一つ、長者山新羅神社(八戸市長者1)は大正期、えんぶりの継承団体に杯(さかずき)を授与しており、2月17日で105年目を迎える。八戸市中居林地区で活動する「中居林えんぶり組」にはその杯が現存しており、裏面に「豊年祭三十年記念」「大正十年二月十七日」などの文字が確認できる。同組では毎年、この杯を練習場所の消防屯所に設置している。

 同組のメンバーによれば、杯は1921(大正10)年にえんぶりが同神社の神事「豊年祭」と名付けられて30年たったことを祝って配布されたものだと伝わる。しかし、杯が配布された1921(大正10)年から30年前は1891(明治24)年であるため、「豊年祭」と名付けられたとされる1881(明治14)年と10年の差があるという。

 えんぶりは今年、1876(明治9)年に当時の青森県令(県知事)によって「物乞いに似た行為」として実施を禁止されて150年がたつ。同神社に残る石碑「称徳碑」には、元八戸藩士の大澤多門らの尽力によって1881(明治14)年に神事「豊年祭」として再興したとの記録が記されている。

 同メンバーは「専門家による研究が進み、事実が明らかになれば」と期待を寄せる。

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