八戸を拠点に創作活動を続けた造形家・故伊藤二子(つぎこ)さんの回顧展「その一瞬」が現在、八戸市美術館(八戸市番町)で開かれている。
「伊藤二子が遺(のこ)した絵を八戸で大切にしてほしい」という遺族の願いを受け、有志が立ち上げた「伊藤二子プロジェクト」が主催。初公開の1点を含む76点を展示。タイトル「その一瞬」は、伊藤さんが残した詩「ナイフが截(き)る 一瞬 その一瞬 色が色となる」から取った。同館主催のコレクション展「伊藤二子 生(いのち)のかたち」も同時開催しており、同館には伊藤さんが遺した計92点の作品が並ぶ。
伊藤さんは刀鍛冶に特注した鋼製のペインティングナイフを生涯使い続けた。自らを「造形家」とし、ペインティングナイフにアクリル絵の具をつけ、床に置いたキャンバスに描いていく独自のスタイルを確立。平面を塗りつぶしたり、ナイフがキャンバスの上を動いた軌跡でさまざまな形を描いたりと、「非具象」の作品を数多く遺した。
晩年の約10年親交があったという同プロジェクト代表の佐々木遊さんは、生涯八戸を創作活動の拠点とした伊藤さんを「生まれ故郷の八戸にプライドを持っていた」と振り返る。1926(大正15)年、旧八戸町出身。祖父の伊藤吉太郎は伊吉書院(河原木)の前身である伊吉商店を営み、三戸郡の小学生などに書籍に触れる機会を提供し続けた。伊藤さんは吉太郎に大切にされていたという。1947(昭和22)年から1955(昭和30)年まで市立小中野小学校の教員を務めたが、造形家・書家の宇山博明の影響を受け、書や絵画の道に進んだ。
個展は1972(昭和47)年から毎年開催し、2018(平成29)年まで年に30~40点の新作を描き続けた。佐々木さんは「二子さんがナイフを持って絵を描く様子は迫力があった。ただ一心にキャンバスに向かう姿から静かな空間が生まれ、キャンバスとナイフがこすれる音が響き、ナイフがキャンバスから離れるときは『キーン』と鳴った。刀だと感じた」と振り返る。「生き様や思いなど、自身の魂の形を描いていたのでは」とも。
亡くなったのは2019(平成30)年1月5日。92歳だった。2月にソールブランチ新丁(小中野8)での個展、4月にはアメリカニューヨーク州での「ニューヨークアートEXPO2019」への出展などを控えていた矢先だった。佐々木さんによれば、亡くなった後の自宅には、これから作品を描く予定だったキャンバスが並べられていたという。
同プロジェクトでは、作品の貸し出し・販売、ポストカードや伊藤さんの言葉をまとめた詩集の販売、展示活動を通じて、伊藤さんの作品を伝える活動を展開していく。佐々木さんは「二子さんは『私の絵は未完成。見る人によって完成する』と言っていた。これだけの数の作品が一堂に会するのは初めて。二子さんが遺したいろいろな形を見に来てほしい」と呼びかける。
開館時間は10時~19時。火曜休館。入館無料。4月2日まで(同時開催のコレクション展は同10日まで)。