青森・岩手の郷土菓子「南部せんべい」を製造する上舘せんべい店(八戸市類家)が早朝に営業していた「せんべい喫茶」(同)が11月20日、市民に惜しまれながら閉店した。
せんべい喫茶は八戸市鍛冶町地区で早朝4時から8時まで営業するサロン。同店の2代目・上舘一雄さん・京子さん夫婦が運営してきた。同地区で1947(昭和22)年から2010(平成22)年まで開かれていた「片町朝市」の買い物客の集いの場として、1991(平成3)年ごろ営業を開始。片町朝市が終了した後も、一雄さんが焼く名物の「てんぽせんべい」と京子さんが入れるコーヒーを提供し続けたが、同日、約33年の歩みに幕を閉じた。せんべいの製造は当面続ける。
一雄さんは喫茶について「朝飯前の情報拠点。生きた事典だった」と話す。常連客でにぎわう店内は「いろいろな道を生きた人が集まり、何か聞きたいことがあればすぐに質問できた」と言う。父親が1955(昭和30)年に開業させた同店を継いだのは、30代前半の頃だった。買い物客でにぎわう片町朝市で南部せんべいを販売しようと、店から約30メートルの空き店舗を借り、喫茶を始めた。京子さんによると、人が集まり始めたのは営業開始から3~4年たってからだったという。柔らかい「てんぽせんべい」の販売を始めると、塩味の効いた焼きたての味を求める人々が集まり、腰かけて談笑するようになった。口コミが広がり「せんべい喫茶」として認知され、遠くは九州から訪れる人もいたという。
「静かに閉店したかったが、こんなに反応があるとは」と一雄さん。閉店の告知は常連客に伝える程度で、口コミで広がった。11月に入ると、始めて来店したという人、兵庫県や弘前市から訪れた人、高校生・大学生の姿も。最後の営業日は7時ごろにてんぽせんべいが完売したが、その後も来店客が途切れず、記念撮影をしたり、一雄さんを囲んで「一本締め」をしたりして、別れを惜しむ人の姿があった。一雄さんは「自分も店内の写真を残したかったが、店を訪れる人がそれぞれに撮影して帰っていった。これからも誰かの撮った写真の中に自分の宝が残っていると思うと、本当にありがたいし、幸せ」と語る。
近くでゲストハウス「トセノイエ」(吹上3)を運営する鈴木美朝(みのり)さんは「八戸の文化、昔懐かしいコミュニティーが一つなくなり、とても寂しい」と話す。鈴木さんは昨年11月から宿泊客や知人を連れて喫茶に通い、一雄さん、京子さんと交流を深めた。閉店後の23日、知人らと喫茶を訪れ、ソファ、テーブルなど、一部の家具、備品を引き取った。鈴木さんは今後、喫茶から徒歩圏内の場所に新しい交流拠点を作る予定だという。鈴木さんを手伝うアーティストの高砂充希子さんは同日、X(旧ツイッター)に「みのりちゃんが立ち上がり鍛冶町に『ネオせんべい喫茶』を!若者のいきおいはとまらない」(原文ママ)と投稿。鈴木さんは「上舘さん夫婦が築いてきたものと同じことはできないかもしれないが、せんべい喫茶に通っていた人々が集う場所とエネルギーを引き継いでいきたい」と話す。
一雄さんは「焼きたてのてんぽせんべいを『おいしい』と言ってもらえることが何よりもうれしかった。常連客は客と言うより、顔なじみの友達だと思う」、京子さんは「憩いの場として皆さんに使ってもらい、私たちも助けられた。そのおかげで元気でいられた」と話す。