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八戸の「騎馬打毬」、若手騎手の姿勇ましく 20年ぶりの正式参拝も

(左から)試合後に肩を組む木村さんと板橋さん

(左から)試合後に肩を組む木村さんと板橋さん

 八戸の伝統武芸「加賀美流騎馬打毬(だきゅう)」の奉納試合が8月2日、長者山新羅神社(八戸市長者1)で開かれた。

まりを投げ入れようとする木村さん

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 青森を代表するみこし渡御の祭り「八戸三社大祭」の中日の恒例行事。赤と白に分かれた騎手が人馬一体となって馬上からまりを取り合い、ゴールの「毬(まり)門」に投げ入れる姿が見ものになっている。日曜日の開催となった今年は大勢の市民・観光客が詰めかけ、会場の「桜の馬場」は熱気に包まれた。

 3回戦のうち、第3試合は10代~20代の若手が多く出場。人生初の出場となった中学1年の木村琉生さんは緊張の面持ちで馬場に入場した。馬が疲れを見せ、思うようにコントロールが効かない中、何度もまりを拾って投げ入れようとする果敢な姿を見せ、拍手を浴びた。週一回、乗馬クラブに通い練習を重ね、馬の世話にも積極的に取り組んできたという。初陣は得点を決めることができなかったが「無事に終えられてよかった。シュートの打ち方を修正して、次回は点を決めたい。古くからある騎馬打毬を守っていけたら」と力を込める。

 4点先取のうち、3回戦で2得点を挙げたのは、3回目の出場となった中学2年の板橋東義さん。父や兄の影響で騎馬打毬を始め、2024年に初出場。昨年初めて1点を挙げた。今年は勝敗を決める3回戦での2得点に「勝つことができて良かった。2人の兄も点を決めた。来年はまりを投げ入れる高さを調整して、2点以上取りたい」と意気込む。

 この日は約20年ぶりという試合直前の正式参拝も行われた。八戸騎馬打毬会顧問で八戸藩南部家16代当主の南部光隆さんを先頭に、同会の山内卓会長、騎手、関係者が神前に玉ぐしを捧げ、禰宜(ねぎ)の柳川泰孝さんのおはらいを受けた。山内会長によると約20年前、神社と同会の間で意見の相違があり、正式参拝は取りやめられていたという。「私たちのような新しい世代が一緒に継承に取り組み、騎馬打毬と神社が一緒に盛り上がって行ってほしいという思いを込めた」と山内会長、南部さんは「ようやくあるべき姿に戻った。すがすがしい気持ち。(騎馬打毬を八戸藩に導入した)先祖も安心しているのでは」と話す。境内では神社がこの日に合わせて用意した騎手の姿をあしらったお守りの頒布や、支援団体「南部打毬を支援する会」による募金活動なども行われた。

 騎馬打毬は江戸時代の1827年、八戸藩8代藩主南部信真が現在の新羅神社の社殿を改築したことに合わせ、藩の武芸として導入された。来年200周年を迎えるが、近年は騎手の練習場となっている乗馬クラブの後継者不在や、奉納試合の運営資金不足、馬の高齢化などさまざまな課題を抱える。南部さんと一緒に観戦した熊谷雄一八戸市長は「八戸市としても、さまざまな課題を見極め、できるだけの支援をしていきたい」と話す。

 山内会長は「若手が育っていることは一筋の希望の光。来年の200周年は大きな節目。課題は山積するが、開催したい。全国で3カ所にしか残っていない文化が八戸にあることを皆さんに知ってもらい、(継承に向けて)協力してもらえたら」と呼びかける。

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